
17世紀のイギリスの哲学者ホッブズ(1588年〜1679年)は国家の成立理由を次のように考えたそうだ。
人々が殺し合う無法状態を、国家という強大な権力によって安全に統制してもらうためだと。
他人を殺す自由を放棄する代わりに、国家に安全を保障してもらう社会契約を結んだのだとした。
その強い権力を持った国家を、ホッブズは架空の怪物リヴァイアサンと比喩した。
ホッブズの分析した国家の成立理由は正しく思える。治安を司る警察組織などない世界、例えば映画の『マッドマックス』のような暴力に支配された弱肉強食の世界では、自分の命を守ることは非常に困難だ。
しかし、一つの国家の中だけならそれで問題ないが、世界が広がり国家同士がリヴァイアサンになってしまうと、各リヴァイアサンを圧倒する超リヴァイアサンでないと、地球の平和が維持できなくなってきた。
リヴァイアサン同士の争い
今の世界を見渡すと、ある地域では伝統的な宗教に支えられ、過酷な歴史的運命を背負った民族同士が、果てのない闘争を繰り返している。
またある地域では、自国防衛という名の領土侵略が、「独裁者から自国民を解放するため」と叫ぶ独裁者によって堂々と行われている。
またある地域では、自国の利益だけを優先しようとする商人的愛国者によって、世界の協調的秩序を破壊しようとしている。
弱いリヴァイアサンも強いリヴァイアサンもいるが、リヴァイアサン同士が争いを繰り広げている。
不幸なことに、リヴァイアサンどもを統制できるものは存在しない。争いを調停する目的を理想とした機関はあっても実質的に機能していない。超強大な権力を持ち得ないから、超リヴァイアサンにはなれないのだ。
どうしてリヴァイアサンは争いを止めないのか?
もし神様がいて、雲の上から下界を眺めているとしたら、どう思うだろう。
「性懲りもなくまだ争いを止めないのか。それでは罰を与えよう」
そう言って神様は、ある国の元首を操って、核ミサイルのスイッチを押させる。
ミサイルの発射を察知した敵対国の元首も、急いで反撃の核ミサイルのスイッチを押す。
そうしてミサイルはそれぞれの国の領土に落ちて爆発し、数十万人規模の犠牲者を出す。
「どれどれ、やつらは後悔と反省をしたかな?」
神様は下界の様子に目を向ける。下界では相変わらず戦争が続いている。神様にも人間がどうして争いを止めないのかわからない。わかったなら、とっくに平和がおとずれている。
このような神様の比喩は、人間の罪悪感が悪への抑制になることを期待したものだが、悲しいかな罪悪感にはそれほどの力はない。
たとえいくらかの力があるとしても、最悪なことが起きてからの、取り返しがつかない時点で起きる感情でしかない。後悔と自己嫌悪を促す力はあったとしても、罪悪感はいつも手遅れなのだ。
神様とは人間の叶わぬ願望でしかない。神様は人間の気休め物語の架空の主人公なのだ。
つまり、神様とは人間のことを表現しているに過ぎない。人間の限界を超えたものへの人間の願望を示しているに過ぎない。
だから、神様が人間を救うというのは、人間が人間を救うといっているのと同じことで、あり得ないことだ。
人間は人間を救うことはできない。
もし人間が人間を救うことができるなら、世界から紛争はなくなっているはずだ。
独裁的リヴァイアサンの雄プーチンを例に考えてみる
今プーチンは、どうしてウクライナを侵略しているのか?侵略の勝算の根拠は何なのか?基本的なことをAIのGemniに訊いてみた。
1. プーチンがウクライナを侵攻する理由
歴史的・文化的要因
- ロシアとウクライナの歴史的繋がり
- キーウ・ルーシの遺産: ロシアとウクライナ、ベラルーシの共通の起源とされる中世の国家「キーウ・ルーシ」の存在は、ウクライナが本来ロシアと一体であるという主張の根拠とされています。プーチンはウクライナを「人工的な国家」と見なし、ロシアの歴史的版図の一部であると主張しています。
- ソ連時代の共通の歴史: ソビエト連邦時代にウクライナが構成共和国の一つであったこと、そしてウクライナがロシアと密接な経済的・人的繋がりを持っていたことが、ロシアのウクライナへの影響力を正当化する理由とされています。
- ロシア系住民の保護
- 東部ウクライナにおけるロシア語話者の存在: ドンバス地域を中心に、ウクライナ東部にはロシア語を母語とする住民が多く、ロシアは彼らがウクライナ政府から差別や迫害を受けていると主張してきました。
- 「民族浄化」の主張(ロシア側のプロパガンダ): 根拠のない主張ではありますが、ロシアはウクライナ政府がロシア系住民に対して「民族浄化」を行っていると喧伝し、その保護を侵攻の理由の一つとしています。
地政学的要因
- NATOの東方拡大への懸念
- ロシアの安全保障上の脅威と認識: 冷戦終結後、旧東欧諸国やバルト三国が次々とNATOに加盟したことで、ロシアは自国の安全保障が脅かされていると強く認識しています。特にウクライナのNATO加盟は、ロシアの国境にNATO軍が接近することを意味し、これを「レッドライン」と位置づけています。
- ウクライナのNATO加盟阻止: 2008年のブカレストサミットでウクライナとジョージアのNATO加盟への道筋が示されて以来、ロシアは両国の加盟を阻止するためあらゆる手段を講じると表明してきました。
- 緩衝地帯の確保
- ロシアの国境防衛線としてのウクライナの重要性: 歴史的に見て、ウクライナはロシアにとって西側からの侵攻に対する「緩衝地帯」として機能してきました。ウクライナが敵対的な勢力に支配されることは、ロシアの安全保障にとって致命的な脅威となると考えています。
- 黒海へのアクセス
- クリミア併合の継続性と黒海艦隊の拠点確保: 2014年のクリミア併合は、セヴァストポリに駐留するロシア黒海艦隊の拠点を確保し、黒海におけるロシアの影響力を強化することを目的としていました。今回の侵攻も、黒海沿岸部の支配を確立することで、この影響力をさらに拡大しようとする意図があります。
国内政治的要因
- プーチンの権力強化と国民統合
- 「偉大なロシア」の再構築アピール: プーチンはソ連崩壊後のロシアの弱体化を嘆き、強力なリーダーシップのもとで「偉大なロシア」を再構築するというビジョンを掲げています。ウクライナ侵攻は、このビジョンを実現するための重要なステップとして国民にアピールされています。
- ナショナリズムの高揚: 外部からの脅威(NATOの拡大など)を強調し、ウクライナ侵攻を「祖国防衛」と位置づけることで、ロシア国内のナショナリズムを高め、プーチン政権への支持を強固にしようとしています。
- 欧米への対抗姿勢
- 多極化した世界秩序におけるロシアの地位向上: プーチンは、米国一極支配の国際秩序に異を唱え、ロシアが中国などと共に多極化した世界の重要な極となることを目指しています。ウクライナ侵攻は、欧米主導の国際秩序への挑戦であり、ロシアの影響力を誇示する狙いがあります。
- 親欧米政権への不信感: 2014年のマイダン革命で親ロシア派のヤヌコーヴィチ政権が倒れ、親欧米派の政権が誕生したことに対し、ロシアは欧米による「クーデター」と見なし、強い不信感を抱いています。
経済的要因(付随的)
- ウクライナの資源
- 鉱物資源、農業資源への関心: ウクライナは豊富な鉱物資源(鉄鉱石、石炭など)と肥沃な農業地帯(「ヨーロッパのパンかご」)を有しており、これらの資源を支配下に置くことはロシアの経済的利益にもつながります。
2. プーチンが侵攻の勝利を信じている根拠
軍事力の優位性への過信
- ロシア軍の規模と装備: ロシアは世界でも有数の軍事大国であり、豊富な兵力、戦車、航空機、ミサイルなどを保有しています。プーチンはこれらの軍事力がウクライナ軍を圧倒すると考えていました。
- ウクライナ軍の過小評価: 2014年以降のウクライナ軍の改革と強化を軽視し、旧ソ連時代の装備が多く、士気も低いと誤って評価していました。
- 短期決戦での勝利を想定(初期段階): 侵攻当初、ロシアは数日以内にキーウを制圧し、ウクライナ政府を打倒できると過信していました。パラシュート部隊による空港制圧など、電撃戦での勝利を計画していました。
ウクライナ国内の分断への期待
- 親ロシア派の存在: ウクライナ東部や南部には親ロシア派の住民が存在するため、彼らがロシア軍を歓迎し、内側からウクライナ政府への抵抗が起こると期待していました。
- ウクライナ国民の抵抗の過小評価: ウクライナ国民全体がロシアの侵攻に強く抵抗し、統一して戦うことを想定しておらず、一部の親ロシア派がウクライナ国民全体の意見を代表していると誤認していました。
- 政権転覆が容易との判断: ゼレンスキー政権の支持基盤が脆弱であり、ロシア軍の侵攻によって容易に崩壊すると判断していました。
欧米諸国の結束力の過小評価
- 経済制裁の効果の軽視: ロシアは過去にも欧米からの制裁を経験しており、その効果は限定的であると軽視していました。また、制裁はロシア経済に大きな打撃を与えるものの、ロシア国民が耐え忍ぶことができると考えていました。
- 欧米間の足並みの乱れへの期待: ヨーロッパ諸国がロシア産エネルギーに依存していることから、経済的利益を優先して結束が乱れると予測していました。また、米国と欧州の間、あるいは欧州各国間での意見の対立が生じると見ていました。
- 長期的な支援の困難さの予測: 欧米諸国がウクライナへの軍事・経済支援を長期的に維持することは困難であり、やがて疲弊して支援が滞ると予測していました。
歴史的・大義名分への信念
- ウクライナはロシアの一部という歴史観: 繰り返しになりますが、プーチンはウクライナを歴史的にロシアと不可分の一部と捉えており、今回の侵攻は失われた「歴史的領土」を取り戻すための正当な行為だと考えています。
- 「非ナチ化」「非軍事化」という侵攻目的の正当化: ウクライナ政府を「ネオナチ」と断定し、ロシア系住民を迫害していると主張することで、侵攻を「非ナチ化」のための正義の戦争と位置づけています。また、ウクライナのNATO加盟阻止を「非軍事化」と表現し、自国の安全保障のためと主張しています。
情報統制とプロパガンダ
- ロシア国内向けの情報操作: ロシア国内では、国家が厳しく情報を統制しており、ウクライナ侵攻に関する政府の主張のみが国民に伝えられています。西側の報道や異なる見解は厳しく制限され、「フェイクニュース」として排除されています。
- 侵攻の正当性・必要性の強調: テレビやインターネットを通じて、ウクライナがロシアに脅威を与えている、あるいは西側によって操られているといったプロパガンダを繰り返し流し、侵攻の正当性と必要性を国民に刷り込んでいます。
- 国民の支持の維持: 情報統制によって、多くのロシア国民は政府の主張を信じ込み、プーチン大統領の行動を支持しているため、政権は国内からの反発を恐れることなく侵攻を継続できると信じています。
経済的・エネルギー戦略
- 欧州のロシア産エネルギーへの依存: 欧州諸国がロシア産の石油や天然ガスに高く依存していることを強みと見なし、エネルギー供給の停止や制限を外交的な圧力として利用できると考えていました。
- エネルギーを巡る圧力を外交カードと見なす: 侵攻後も、ガス供給の削減などを通じて欧州に圧力をかけ、ウクライナへの支援を弱めさせたり、制裁を解除させたりできると考えています。
欲望と恐怖と幻想
プーチンのウクライナへの侵攻を分析すると、3つの要素によって行われているように思える。
欲望
国外の危機を利用して自分の権力の支持基盤を強化する。ウクライナの農業と鉱物資源の確保。ウクライナの軍事的要衝(黒海へのルートの確保)の確保。「偉大なロシア」の再構築という夢。
「偉大なロシア」という国民的スローガンよりも、自分の独裁政権の永続化がプーチンの究極の目的と思われる。
恐怖
ウクライナがロシア系住民に民族浄化を行っているという噂。ウクライナのNATO加盟による西側諸国からの侵攻という危惧。
ロシア国家の危機は、必ずしもロシア国民の危機ではなく(民主化という副産物もあるので)、プーチン独裁政権の危機である。
幻想
ウクライナとロシアは同じ民族的な起源であるという思い込み。ロシアの軍事的優位性の過信とウクライナ軍の過小評価という希望的観測。ウクライナ内の親ロシアは勢力の過大な期待。ウクライナ国民の団結力とゼレンスキー政権の支持基盤の過小評価。欧米諸国の結束力への過小評価など。
プーチンは理想を追い求めるにあたって、自分の都合の良い状況分析を導き出している。その状況分析は幻想と言えるもので、初期の短期決着という予測が大幅に狂ったことで証明された。
リヴァイアサンの正体
どの政治体制であっても、その政権のリーダーの政策はリーダーの欲望から生まれる。リーダーが独裁者なら特に顕著である。
欲望はその目的を妨げられることを恐れる。その恐怖は状況判断を誤らせ、その誤りを正当化させるために国民に幻想を抱かせて誤魔化そうとする。
プーチンの行動から、私は欲望→恐怖→幻想というパターンを考えた。
プーチンの例から、リヴァイアサンという怪物は、このパターンによって生まれ、やがて滅ぶ運命を繰り返しているのではないかと考える。
例えば戦前の日本を当てはめると、欧米の帝国主義列強に遅れまいと中国大陸に進出したい欲望があり、ソ連の南下による侵略やアメリカの経済封鎖の恐怖が加わり、大東亜共栄圏、満州帝国という幻想によって悲惨な結末に向かって突き進んだ歴史になる。
国家にしろ個人にしろ、欲望という心の働きを消すことは難しい。リヴァイアサンという怪物の正体をつきつめれば欲望ということになる。
欲望によってリヴァイアサンは生まれ、やがてその欲望のために滅ぶ。それを繰り返すのは歴史が証明している。
この輪廻から逃れる道はあるのだろうか?
超リヴァイアサンは生まれない?
個人なら聖人や高層のように修行を積んで欲望を制御することは可能かもしれない。
真の聖人や高層が国家のリーダーになれば平和なリヴァイアサンになるかといえば、そうともいえない。それは中東の宗教国家を見ればよくわかる。
世界が単独の国家なら可能かもしれないが、国家が乱立する世界では、無欲な国家は弱肉強食の犠牲になったり、恐怖に対抗するために欲望を持たざるを得なくなる。
反対に強い欲望に満ちた国家は、敵対する国家を作りやすく、また強い欲望を継承することにも限度があり、やがて滅んでいく。
つまり、リヴァイアサンの中から超リヴァイアサンの登場は期待できない。
人間にも神様にもリヴァイアサンを統制する超リヴァイアサンを生み出すことができないとすれば、超リヴァイアサンは現れないのだろうか?
超リヴァイアサンの出現
人間には不可能だとすれば、残るのは自然の力、森羅万象の力しかない。
したがって、いつ現れるかも、どのように現れるかもわからない。
それは旧約聖書のノアの方舟の話にあるような大洪水かもしれない。
「それも神様の力では?」
と言うかもしれないが、私にはそう思えない。
神様という概念は森羅万象、自然の後からの解釈だ。前にもいった通り、神様とは人間の叶わぬ願望にしか過ぎない。
この世界には人間とそれ以外のものしか存在しない。神様は人間の希望的な幻影なので人間以外のものではない。
だから、人間にできないとなれば自然・森羅万象の力以外にない。
それはいつ現れるかも、どのように現れるかわからない。1000年後かもしれないし、明日かもしれない。
参考文献:
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